合理的な人

よく世間で思われてるのが、常に合理的に考え、合理的に行動する人が頭が良い、と言うもの
だが実際には、常に合理的な人は、それほど頭が良くない
と言うのも、歴上の英雄と呼ばれるような人と言うのは、常に合理的に考え行動していた訳ではない
歴史に名を遺す英雄たちは、判断基準の切り替えを行っていた
合理的に判断することもあれば、感情的にふるまうこともあれば、人情に基づいて行動することもあれば、道徳的に行動することもあり、常識や習慣に従うこともあれば、思想や信念や理想に基づいて行動することもある
その時時で適切な判断基準に切り替え、判断し、行動する

常に合理的に行動する人より、その時時で適切な判断基準に切り替えて行動する人の方が頭が良い

良い人

世間では優しい人のことを良い人だと思ってる
だが、ただ優しいだけの人は本当の良い人ではない
ただ優しいだけの人は、自分にも優しいから、自分が過ちを犯しても反省せずすぐ自分を許し、同じ過ちを繰り返す
さらに罪を犯した人に対しても、反省してなくてもすぐ赦して再犯を助長する

本当に良い人とは、反省できる人のことだ
反省できる人こそ善人で、反省できない人が悪人だ

世の中には「優しい悪人」と言うのがたくさんいる
例えどんなに優しい人でも、反省できないならそいつは悪人だ

常識に囚われない人

好んで常識と反対の事をする人は、実際には常識に囚われてる
ただ反対の事をするだけなら、そこに自分の意志はなく、自由もない
何が正しいのか自分で考え判断し、その結果として
常識と反対の事をする事もあれば、常識と同じ行動をとることもある
それこそが本当の意味で常識に囚われない人

誠実とは何か?

誠実とは、一貫性があることではない
誠実とは、まじめさではない
不まじめで誠実な人もいる

誠実な人でも、嘘をつくこともある、約束を破ることもある、正直に話さないこともある
だが誠実な人は、できれば嘘をつかず、約束を破らず、正直に生きたいと思ってる

誠実には、心と行為がある
誠実な心とは、嘘をつきたくないと思う心、約束を破りたくないと思う心、正直でありたいと思う心
誠実な行為とは、嘘をつかず、約束を守り、正直であること

誠実な行為より、誠実な心の方が大事

人の種類

人の性格は4種類ある。それは、火、水、風、土
火=情熱 目的に一直線 能動的
水=冷静 臨機応変 受動的
風=新しいもの好き 飽きっぽい
土=落ち着いてる 安定を好む

MBTIにこれらを当てはめると
例えばINTPだと、火のINTP 水のINTP 風のINTP 土のINTP
などに分類できる。16タイプ全てで同じように当てはまる

間違いの反対

あることが間違ってたとして、その反対が正しいとわ限らない
間違ってることの反対も間違いであることも多い
例えば、戦争が間違ってたとして、その反対の平和が正しいとわ限らない
例として、第二次大戦前のイギリスでわ、平和運動が広まっており、ナチスとの融和を主張する人が多かった
その結果、第二次大戦となった
このように、戦争が間違いであるのと同じように、平和も間違いだった、という歴史の教訓がある

正しいことの反対が間違いとわ限らないし
間違いの反対が正しいとも限らない

役に立つとわ何か

サッカー選手にとって、ボールわ役に立つ。ピアノわ役に立たない
音楽家にとって、ピアノわ役に立つ。ボールわ役に立たない
このように、あるものが役に立つか立たないかわ人によって違う
さて、よく哲学について、哲学を学んで何の役に立つ?
と言う疑問が出される
だが哲学わ、学ぶことで役に立つ人もいれば、立たないもいる
役に立つか立たないかわ人によって違う
でわ、どんな人にとって哲学わ役に立つのか?
哲学わ、考える能力を高めるのに役に立つ
だが、考える能力が低い人にとって、哲学わ何の役にも立たない

ことばの意味の理解

ことばわ、使う人によって意味が変わる
それどころか同じ人が同じことばを使ったとしても、十秒前と十秒後で意味が変わる
ことばの意味わ常に変わり続けてる
辞書に書かれたことばの意味とわ、そのような意味で使われることもあると言う一例でしかない

人の使うことばわ意味が変わり続けてる
だが、それらにもある程度の共通点がある
そして人の言ってることを理解する時、例えば十%理解したり、二十%理解して、それで理解したつもりになってる
誰も他人の言ってることを正確にわ理解してない
それどころか自分でも自分が何を言ってるか理解してない

ことばの意味について考えると
例えば「頭が良い」にしても、どんな人を頭が良いとするかわ人によって違う
「人間」にしても、中世ヨーロッパでわ白人のキリスト教徒だけが人間で、黒人と異教徒わ人間でわなかった
このように、ことばにわ、本当の意味と言うのわ存在しない
でわ、なぜ本当の意味がないのに人との会話わ成立するのか?
それわ、ことばにわ「意味の共有度」があるから
例えば「リンゴ」のように具体的に存在するものわ、意味の共有度が高い
だが「自由」とか「善悪」とか「頭が良い」のような抽象概念になると、意味の共有度が低くなる
人との会話が成立するのわ、意味の共有度の高いことばによって支えられてるから
そして意味の共有度の低いことばを使い始めると、論争に発展する

さて、意味の共有度について考えると、その共有する部分がその言葉の本質、そのことばの本当の意味でわないか?との意見が出てくる
だが、それわ違う
例えば、あることばに1、2、3の三つの意味があるとする
Aさんわ1と2をことばの意味と認識し
Bさんわ1と3をことばの意味と認識し
Cさんわ2と3をことばの意味と認識する
この場合、全員に共有されたことばの意味が存在しない
このように、意味を共有するからと言って、その共有する部分をそのことばの本質とわ呼べない

ことばの意味とわ、そのことばをどのように使うか、その使用だ
使用こそがことばの意味であり、そしてどのようにことばを使用するかわその時の状況により変わるため、ことばにわ本当の意味が存在しない

ことばの意味を定義する時わ
そのことばをどのような意味で使うと便利か?
他のことばとの関係を見ながら、そのことばをどのような意味で使うと矛盾がないか?
この2点を考慮して定義すべき

歴史の法則と未来予想

エマニュエル・トッドが発見した歴史の法則
男性の識字率が50%を超えると、その国で新しい思想がはやり、革命や内戦が起きやすくなる。それからしばらくすると事態わ落ち着き、さらに財産成長(経済成長)し始める
この法則から、これからインドでわヒンドゥー原理主義が流行し、大きな対立や混乱を招くこととなる
中東でわ既にイスラム原理主義が流行してるが、やがて沈静化し、中東諸国一帯が世俗国家に変化していく
アフリカでわ、これから識字率が上がり、それに伴いさらなる内戦が起こる

堺屋太一が発見した歴史の法則
人わ豊富にあるものをたくさん使うのが格好良く、不足したものを節約するのが美しいとの価値観を持つ
ここから将来の世界でわ、時間が不足し、情報が豊富にある世界となることから、情報を分かりやすく加工して人に伝える人の価値が高くなると予想される

中間層絶滅の法則
amazonが流行したことで各地の書店が潰れていった
このように、超大企業と個人がやってるような小規模な会社のみ生き残り、中規模の会社が潰れていく

AIの普及で、楽な仕事わ機械やAIがやり、きつい仕事わ人間がやるようになる

自分の意見

よく世間でわ、自分の意見を持つことが大事、などと言われたりする
だが、自分の意見を持つより、自分の意見を捨てることの方が大事
自分の意見を持ったままだと、それと反する相手の意見を聞くのが難しくなる
自分の意見を捨てれば、次次と新しい情報、新しい意見を入手できる
さらに、皆の意見が正しいと言う自分の意見を捨てることも大事
他にも、専門家の意見が正しいと言う自分の意見を捨てること
科学が正しいと言う自分の意見を捨てることも大事

自分に都合のいいこと

優しい人であれば優しさで人を判断し
賢い人であれば賢さで人を判断する
こうして、人わ誰しも自分の長所と他人の短所を比べてる

優しい人であれば、優しさが大事だと信じる
賢い人であれば、賢さが大事だと信じる
勇敢な人であれば、勇敢さが大事だと信じる
根性がある人であれば、根性があることが大事だと信じる
普通であれば、普通が一番だと信じる

このように、優しい人であれば、自分わ人より優しい、だから自分わ優れてる、と思い込む
他にわ、集団に帰属していれば、皆が正しいと信じる。すると皆と同じである自分わ正しいと思い込める

このように、人わ誰しも自分に都合のいいことを正しいと信じて生きている

青銅と鉄

青銅が発明されたのわどこか?
それわタイ
青銅を造るにわ、銅とスズが必要
最初に青銅が作られた場所わ、銅とスズが手に入る場所であったはず
そしてタイにわ青銅の材料となる胴とスズの鉱山がある
さらにタイでわ、大昔の青銅の道具が発掘されている
すると、まずタイで青銅が発明され、そこから船で西に製法が伝わったと見るべき

鉄についてわ、ヒッタイト民族が作ったと言われる
だが、実際に鉄を発明したのわアフリカ人だ
アフリカでわ、地表に鉄鉱石が転がっており、鉄の材料を入手しやすい
さらに、アフリカでわ古代の原始的な溶鉱炉も発見されている
つまり、アフリカで鉄が発明され、それがヒッタイト民族に伝わったと考えるべき

同じと違う

物事にわ、同じ所と違う所がある

犬と人、どこが同じかと言うと
犬も人も肉を食べる
犬も人も呼吸する
でわどこが違うかと言うと
犬わ全身が毛に覆われてて、人わそうでない
犬わ四つ足で歩く、人わ二本足で歩く
このように犬と人、同じ所もあれば違う所もある

また、似た意味の詞について考える時、人わどこが違うか?を考える
そうでわなく、どこが同じでどこが違うかを考えるべき
例えば、目的と目標、この二つの詞の意味わ、どこが同じでどこが違うか、と考えるべき

ある二つの物事を比較する時も、どこが同じでどこが違うか
同じ所と違う所、両方を見るべき

物事わ、近くで見ると違って見える、遠くで見ると同じに見える

人の性格について
人の性格わ、近くで見ると一人一人違って見える
より遠くで見ると、数種類の性格に分類できる
さらに遠くから見ると、人わ皆同じに見える

食べ物について
食べ物わ、近くで見ると一つ一つ違う
より遠くで見ると、梨、蜜柑、林檎、柿などがある
さらに遠くで見ると、同じ果物となる
さらにもっと遠くで見ると、果物、魚、肉、野菜などがある
さらにさらに遠くで見ると、同じ食べ物となる

視点による違い

男わ女より背が高い、と言うのわ正しいか?
部分的な視点で見ると、男より背が高い女わいる
全体的な視点で見ると、多くの男わ多くの女より背が高い

日本人わ礼儀正しい、と言うのわ正しいか?
部分的な視点で見ると、日本人でも礼儀しらずな人わいる
全体的な視点で見ると、外人と比べて日本人わ礼儀正しい

このように、部分的な視点か全体的な視点かで答えわ変わる

全体的な視点とわ、平均的、中央値的、統計的視点と言ってもいい

名前と実体

薬と言う名前がついてても実態として病気を医(なお)す効果がなかったりする
食べ物と言う名前がついてても実態として病気を医す効果があったりする

教師と言う名前がついてても教える内容が無価値だったりする
おっさんと言う名前がついてても大事なことを教えてたりする

このように、名前と実体わ別
名前と実体の区別がついてない人わ、薬を飲めば病気が医ると錯覚したりする
他にも勉強すれば頭がよくなると錯覚したりする
実際にわ、薬を飲んで病気が悪化したり、勉強することで頭が悪くなったりする